ショッピングモールのカート引きの仕事

前回の続きです

郊外の大型ショッピングモールには巨大な駐車場が併設されている。
買い物を終えたお客さんは、商品をカートに載せて車まで運び、カートは駐車場にあるカート置き場に返す。
このカート置き場からカートを売り場まで持って帰るのがカート引きの仕事である。実に簡単そうな仕事だ。

mixiのパースコミュで、日本に帰るから自分のポジションが空くという男性に連絡をとった俺は、その仕事を監督している人物の連絡先を入手することが出来た。
ショートメッセージを送ると、明日の朝から来れるかと聞かれたので即答で了承した。
仕事の時間はショッピングモールの営業時間とおなじ9時から18時まで(オーストラリアのスーパーは閉まるのが早い)で日給100ドルの仕事らしい。
オーストラリアでは労働者の権利が強く、最低時給が当時でも確か15ドル以上だったのでこの日給は違法な安さのはずだが、とにかく仕事ができるのであれば構わない。簡単そうな仕事だし。

しかし俺は一つ重要なことを見落としていた。
ショッピングモールの場所である。

その時俺が住んでいた下宿はパースから南に20kmほど下った港町フリーマントルの更に郊外に位置していた。そのくらい郊外じゃないと安い下宿が見つけられなかったからだ。
ところが新しい仕事場になるショッピングモールはパースの北の外れ、真反対に位置していたのだった。
ルートを調べると、まず下宿から15分歩いた先のバス停からパースにあるターミナルまで1時間、そこで乗り換えてさらに1時間ほどかけてようやく到着するということがわかった。遠くね?
乗り継ぎ時間なども含めると、9時の営業開始に着くためには5時に起きなければならないということになった。これはなかなかしんどいことになりそうだ。

翌朝、言われた通りの場所に行くとサングラスを掛けた韓国人の男が俺を待っていた。いかにも兵役経験者といった佇まいのその男が現場監督で、俺に仕事の説明をしてくれた。
その広大なショッピングモール内にはカートを使う大きなストアは3つ入っているらしく、俺はそのうちのひとつを一人で担当することになるらしい。
駐車場内に何箇所かあるカート置き場を周回してカートを集め、一度に十台ずつまとめてストアまで押して帰るということだった。

実際に取り掛かってまず感じたのはカートがデカいということだった。日本のものより二回りくらいデカい。
コストコに言ったことがある人ならわかるのではないだろうか。おそらく同じくらいの大きさだと思う。
それをヒモで連結して一度に十台ずつ押していく。十台もまとめると相当に重く、動かすには結構な力がいる。

このショッピングモールの駐車場は売り場に向かって緩やかに下った坂になっていて、カートを運んでいると重力にひかれて自然と加速していく。最初は勝手に進んでくれて楽かなと思ったが、うっかりするとすぐに加速が付きすぎてしまう。
加速のついたカートの群れが坂道を降っていくところを想像して欲しい。ここは買い物客でごった返すショッピングモールの駐車場だ。
もしも加速のついたカートが車に(あるいは買い物客に)激突しようものなら、一体どうなるか。想像するだけで恐ろしい。
だから坂を下るときは慎重にブレーキを掛けながら進まないといけない。もしうっかり制御しきれないほど速度がついてしまったら、まだ加速がつきすぎる前に全力ダッシュでカートの先に回り込み

横から体重をかけてドーン!!!

タックルして横倒しにすることで無理やりカートを止めなければならない。
当然その後は重いカートを一台ずつ起こして連結するところからやり直しだ。
すごい音がするので周囲の視線も集まるし、泣きそうになる。

そして首尾よく坂を下り終わったら、次は車道から歩道へとスロープを登らないといけない。
今度は勢いをつけて体中でカートを押し込むのだが、このスロープの幅があまり広くないため、きちんとまっすぐに入れないと途中でカートの車輪が脱輪してしまう。
はみ出した車輪が段差に引っかかってしまうと、全体重をかけて血管が切れそうになるほど全力で押し込まないと上がってくれない。

それを越せばようやくショッピングモールの中に入り、売り場までカートを持っていくことが出来る。

これが俺の担当することになったカート引きの仕事の内容だった。
ショッピングセンターの開店から閉店まで一人でこの作業をこなさなければならない。

前回も書いたがこれは12月の出来事である。オーストラリアでは真夏、日中の気温は軽く35度をこえる灼熱の季節だ。
しかもクリスマスシーズンでもあり客はクソ多く、店頭のカートはすごい勢いで消費されていく。
カートが一杯になっったら休憩をとって構わないと言われていたが、どれだけ懸命に運んでも全く増える気配はなく、空にしないためには休んでいる暇など無かった。

炎天下で重いカートを運び続けると、体中から汗が吹き出す。
開始してから一時間もたたずに音を上げたくなったが、忙しさのピークも暑さのピークもここからが本番である。
とにかく熱中症で倒れるのを警戒しなければならなかったが、海外では水は日本ほど容易に手に入らない。
水道水は基本的に飲めないし、無料で飲めるウォータークーラーみたいなものも無い。
売店で売っているミネラルウォーターは確か500mlで2ドル以上したと思う。
ガブガブ飲んでしまうと稼ぎが消えてしまうので、できるだけ節約して、ペットボトルを植え込みの陰において(すぐにぬるま湯になるので)じっくり口の中に含むようにして飲んでいた。
そして頭を冷やすために、タオルをトイレの水で濡らしてターバンのように巻きつけていた。

そんな格好でよたよたふらつきながらカートを押していたら、買い物客のカップルから「みてみなよ、この世で一番過酷な労働だ」と指を指してせせら笑われたこともあったが、もはや俺には怒りを感じる余裕もなく、自分の体がまだ動けていることに対して、結構頑丈だなと自分自身の耐久テストをしているような気持ちだった。

どれだけ補充を頑張っても店頭のカートは相変わらず増えなかったが、正午を過ぎた頃には流石に生命の危機を感じてハングリージャック(バーガーキングの欧米での名前、物価の高いオーストラリアではファーストフードは圧倒的に安く、ハングリージャックとドミノピザにはよくお世話になった)のクーラーの効いた店内で勝手に休憩をとった。また、ここはドリンクがおかわり自由だったのでペプシコーラを2リットルくらい飲みだめした。
休憩を終えて店に戻ると当然ながらカートは完全にゼロになっていて監督の韓国人が激ギレしていたが、そんなこと言っても俺がぶっ倒れて死んだほうがお前も困るだろうというものだ。
彼は俺が仕事を真面目にやっていないと疑って何度も問い詰めたが、サボっているのではなく要領が悪いのと体力がないので単純に仕事が間に合ってないのだからどうしようもない。

夕方になっても駐車場には未だ大量のカートが残っていたが、とりあえずストアが閉まる時間になったので慌てて補充する必要はなくなった。
サンドイッチ屋のSubwayがまだ営業していたので夕飯を買うことにし、前の客が注文している間に少しかがんで休んでいたら驚いたことに立ち上がることが出来なくなった。どうやっても足に力が入らないのだ。
俺があまりにボロボロで汗だくなので店員も事情を察してくれ、水をくれて少し休ませてくれた。このときは久しぶりに人の優しさに触れた思いだった。
しかしまだ駐車場のカートを全て戻し終わるまで仕事は終わらないのでサンドイッチを食べて立ち上がるだけの元気が出たら再び作業に戻った。
1時間ほど残業してようやく全てのカートを戻し終え、また2時間以上バスに乗って下宿に戻る頃には22時を過ぎていた。翌日はまた5時おきである。

そのうちに体が慣れて仕事の要領をつかめばだんだん楽になるかもしれないと思いながら頑張ってやっていたが、一向に楽にはならなかった。
俺がサボっていると疑っていた韓国人の現場監督は三日目には俺の仕事を遠巻きに監視しはじめたらしく、それでようやく単に俺の仕事が遅いだけだということを納得してくれたらしい。この日、彼は店が閉まってから残りを手伝ってくれ、帰りは途中まで車に乗せて送ってくれた。
車中で彼は「お前は全体的に身体の使い方がわかっていない」と訛りの強い英語で俺に言った。「何的にって?」と聞き返したときに繰り返した「entirely!」という言葉が何故か印象に残っている。

「まだ仕事をやる気があるなら俺がやり方をちゃんと教えてやる」と彼は言ってくれたが、俺はうなだれて「もう続けられない」と彼に告げた。
「そうか、こんなに早く辞めたら給料は出ないかもしれないが、なんとか俺が掛け合ってやるよ」と彼は言い、3日分の給料300ドルは翌週手渡しで受け取ることが出来た。